大晦日の恒例番組紅白歌合戦の歴史を振り返ってみる(1951年~1962年)

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どーもゆー・です。12月も18日が経過して残すところあと13日。皆様毎日お忙しいと思います。僕も仕事忙しいです。でも忙しいっていう人ほど仕事ができないようです。だから忙しいと言ったら100円を貯金しています。昨日お金の話を書きましたけど、まだまだ未熟者のようです。ちなみに今日は3忙しいでした(笑)

さて、本日のテーマですが、ずばり「紅白歌合戦」テーマに選んどいてここ7~8年はガキ使しかみてません。ただ子供のころは親父が好きでしたので大晦日と言えばドラえもんと紅白でした。あっもちろんドラえもんは旧声優陣ですよ。今では信じられないでしょうけど、僕が子供のころは、大晦日ドラえもん3時間スペシャルがやってたんです。と話がわき道にそれましたが、今日は紅白について調べましたので書いていきたいと思います。

紅白歌合戦のできた経緯

発端は、終戦の年1945年に戦争によって傷ついてしまった国民の心を音楽で癒そうと企画されて、大晦日に放送された「紅白音楽試合」がルーツのようですね。それから6年後の1951年1月3日に記念すべき第1回目の放送がラジオにて中継されたそうです。第3回目までは正月の番組でラジオ放送のみでしたが、第4回目(1953年)の放送から今のスタイル大晦日のテレビ放送となったようです。

※ちなみにラジオ放送も並行して今でも放送しているそうです。正直聴いたことなかった・・・

そもそも紅白歌合戦って何?

65年も続く大晦日恒例の歌番組。概要は女性アーティストを紅組(あかぐみ)、男性アーティストを白組(しろぐみ)に分け、対抗形式で歌や演奏を披露する。途中途中で色々な小ネタがねじ込まれる。紅白の両組対抗形をとるが、番組の進行の上ではあくまでショーとして番組を構成する要素であり、「対抗」を前面に出していない。ただし、あくまで形式上は「対抗」であるため、その組み合わせの枠の中に入る歌手は、正式には「番組出演」ではなく「紅白歌合戦出場」と呼ばれる。

放送時間は?

長らく21時スタートだったが、2部制になった第40回(1989年)からは、19時台から20時の間のスタートのようですね。また終了時間は一貫して23時45分。この後にゆく年くる年がある流れ。

司会者

通常、「紅組司会」、「白組司会」、「総合司会」の三者がいる。紅組司会は数例の例外を除き女性が担当、白組司会は例外なく男性が担当する。紅組司会と白組司会はテレビタレントが、総合司会はNHKアナウンサー(東京アナウンス室在籍)が担当することが多い。アナウンサーは必ず1人入っており、イレギュラー対策だとされている。

ゲスト審査員

その年を代表する著名人(芸能人・スポーツ関係者・音楽関係者・文化人・メディア関係者など)が10人前後起用されることが恒例。審査への参加だけでなく放送内で随所で司会者とのトークが挟まれ、番組の進行にも関わる。第55回(2004年)までは「特別審査員」と呼ばれており、またNHK番組制作局長が「審査委員長」と呼ばれていた。

視聴率や出場者をみてぶつぶつ言いながら振り返ってみる紅白歌合戦

まあ、概要等はさらっと流して、第1回目から視聴率と共に当時を振り返ります。と言っても第12回目まで視聴率調査を行っていないらしいのでその回までは、資料見ながら当時の番組のことを書いていきます。

第1回目 1951年(昭和26年)20時~21時 紅組7組 白組7組  勝利:紅組0勝 白組1勝

勝利は白組でエイエイオーの勝鬨が上がったそうです。

第2回目 1952年(昭和27年)19時30分~21時 紅組12組 白組12組 勝利:紅組0勝 白組2勝

松島詩子が交通事故にあい、代役として越路吹雪が「ビギン・ザ・ビギン」を歌い上げたそうです。2回目からハプニングが起こっていたわけですね。それにしても名前が全然わかりません。

第3回目 1953年(昭和28年)19時30分~21時 紅組12組 白組12組 勝利:紅組0勝 白組3勝

ラジオで紅白の熱戦がより伝わるよう、スポーツ担当の志村正順アナウンサーが実況したようですね。この年で正月放送が終了。まだ、出場メンバーを見ても分かりません。曲は霧島 昇さんがうたった「月が出た出た」は知っていますね。

第4回目 1953年(昭和28年)21時15分~22時45分 紅組17組 白組17組 勝利:紅組1勝 白組3勝

テレビ放送開始により、大晦日の番組としてスタートしたそうです。女性陣の華やかな衣装に圧倒され始めて紅組が勝利。この年の知っている歌手もまだいませんね。曲は、笠置 シヅ子さんの「東京ブギウギ」くらいですね。

第5回目 1954年(昭和29年)21時15分~23時 紅組15組 白組15組 勝利:紅組2勝 白組3勝

やっと知っている歌手の方が出てきました。美空ひばりさんと春日八郎さんです。春日さんの「お富さん」はこの年にヒットしたそうです。テレビになってから紅組が勝ちだしているのがまた面白いですね。

第6回目 1955年(昭和30年)21時15分~23時 紅組16組 白組16組 勝利:紅組3勝 白組3勝

トニー谷さんのソロバン片手での応援は大喝采を浴び、この回から「応援」が大きな位置づけとなったようです。再び歌手も歌も分からなくなりました。白組司会の高橋さん3回連続抜擢ですね。調べて見ると9年連続のようです。

第7回目 1956年(昭和31年)21時05分~23時30分 紅組24組 白組25組 勝利:紅組3勝 白組4勝

出場歌手が前回の32組から一気に50組に増えて、放送時間も40分延長され、年末の大型番組として定着したようですね。この年3年ぶりに白組が勝利しています。

第8回目 1957年(昭和32年)21時05分~23時30分 紅組25組 白組25組 勝利:紅組4勝 白組4勝

2回目の出場の美空ひばりさんがトリ。フランク永井さんや島倉千代子さんも初出場されています。

第9回目 1958年(昭和33年)21時10分~23時35分 紅組25組 白組25組 勝利:紅組5勝 白組4勝

同時間の民放各社で生放送が増えてタクシーで移動するため「神風タレント」と呼ばれたそうです。紅組司会に黒柳徹子さん(ザベストテンへの布石か)トリはやはり美空ひばりさんですね。

第10回目 1959年(昭和34年)21時05分~23時35分 紅組25 白組25組 勝利:紅組6勝 白組4勝

レコ大がこの年から始まったようです。負けず劣らずの長寿番組ですね。ひばりさん3年連続でトリ。白組は春日八郎さんのトリです。だいぶ分かる人が出るようになりました。

第11回目 1960年(昭和35年)21時00分~23時40分 紅組27組 白組27組 勝利:紅組6勝 白組5勝

橋幸夫さんが17歳でデビュー・初登場。ザーピーナッツも出場していますね。

第12回目 1961年(昭和36年)21時00分~23時40分 紅組25組 白組25組 勝利:紅組6勝 白組6勝

「上を向いて歩こう」の坂本九さんが初出場。島倉千代子さん、三波春夫さんがトリを務めています。

第13回目 1962年(昭和37年)21時00分~23時40分 紅組27組 白組27組 勝利:紅組6勝 白組7勝 80.4%

司会に森光子さんを起用し新旧交代が目立ったようです。初出場は植木等さん吉永小百合さんなど。視聴率調査スタートです。しかし視聴率80.4%で現在ならありえませんよね。国民の8割が紅白みてたってことですよね。

まだまだ続きますので今日はここまでにします。あすこの続きを書いていきます。

PS:今年は紅白ラジオ聴いてみようかな。

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ABOUTこの記事をかいた人

高校卒業後、九州に来て某3流大学を卒業後、ブラックなアパレル会社に入社し社会人しょっぱなから人生の厳しさを味わう。その反動でフリーターをして、現在の会社に就職。十人十色のビートが世の中ありますが、このブログはどんなビートを生み出せるでしょうか・・・